2011年04月21日
宮城県で一泊二日のささやかな支援
ハイエースで現地へ上記物資を届けた後、空になったハイエースで登米市の救援センターから気仙沼市へ水や食料を届けに行きました。
届けた先は、自分たちが被災しながらもご近所のリーダーとして、必要な救援物資の取りまとめと受け入れ、配布をしているご家庭2軒です。
避難所生活はしていないが、水や電気はまだ復旧をしていない地区の人たちです。
二日間、救援センターから物資を届けました。
一軒の家庭ではコーヒーをごちそうになり、もう一軒の家庭でもウーロン茶のペットボトルをいただいた上に、「静岡の住所を教えてくれ。もう少ししたらタラの芽がいっぱい出てくっから、送るっぺよ」とおっしゃってくれました。
どんな時でも「人情」を大切にする姿勢には頭が下がります。
冒険遊び場たごっこパークの写真入りの名刺と会報をお渡しし、子どもたちの居場所づくりに取り組む主旨をお伝えしました。
「今は人のつながりがどんどんなくなってるから、そういうことがやっぱり大事なんだと思うよ」とおっしゃられました。
物資を届けに行きつつ、その方々に勧められて、付近の被災状況も少し見て歩きました。
その途中で津波で流された木々が何重にも重なっている茂みの下に、偶然、ご遺体を発見しました。
近くにあった自衛隊の現地災害対策支部のようなところへ行き、発見場所まで隊員たちを案内しました。
隊員たちは、ご遺体が損傷しないように、丁寧に木々の除去作業をし、収容してくれました。
作業に当たった隊員10名ほどと一緒にご遺体に黙祷し、現地をあとにしました。
上記のお届け先家庭のご夫婦にそのことを報告すると、「40日、ずっと、発見してもらえるのを待ってたんだろうねぇ」と言い、発見したことへの感謝をしてくださいました。
「本当は自分たちでそういうこと(行方不明者・遺体の捜索)もしなくちゃいけねぇんだけど、何せ手が回らねぇから」
「朝、起きて、毎日、毎日、被災したまちの状況を見るのも辛いから、早く、復旧してほしいけど、そうもいかねぇ状況なのも承知してるから、仕方ねぇ」
といったこともおっしゃっていました。
この先、まだまだいろんな形でたくさんの人手が必要なんだなぁと改めて感じました。
現地へ行く前に報道で大量に目にしていた「瓦礫の山」。
でも、実際にその「瓦礫の山」を歩いてみると、結婚式の記念写真があったり、病院の診察券があったり、ランドセルがあったり、音楽CDがあったり…。
それは「瓦礫の山」ではなく、当地の人たちの「生活の痕跡」なんだと実感しました。
3月11日までは確かにそこに人々の日々の何気ない営みがあったんだと思うと、胸に迫るものがありました。
「気ぃ付けて帰って、また、来てくれよ」と笑顔で送り出してくださったみなさんのところへ、また必ず伺って、ほんの少しのことしかできませんが、何かお手伝いができたらと思いながら、帰路に着きました。
さて、富士市近郊の方に報告会のご案内です。
ほんの少しの滞在でしたので、現地で起きたこと、そして今、行われていることのほんの断片しかご報告できませんが、お伝えしますので、よろしかったら、足をお運びください。
日時:4月22日(金) 21:00~22:00
場所:「子どものたまり場・大人のだべり場/おもしろ荘」
ゆめ・まち・ねっと決算報告 第10期(2012/11~2013/10)
がんばれプアーズ!~エアコン設置
ゆめ・まち・ねっと決算報告 第9期(2011/11~2012/10)
富士市役所市民協働課に情報提供その3
富士市役所市民協働課に情報提供その2
富士市役所市民協働課に情報提供その1
がんばれプアーズ!~エアコン設置
ゆめ・まち・ねっと決算報告 第9期(2011/11~2012/10)
富士市役所市民協働課に情報提供その3
富士市役所市民協働課に情報提供その2
富士市役所市民協働課に情報提供その1
Posted by たっちゃん&みっきー@ゆめ・まち・ねっと at 14:57│Comments(0)
│市民活動の報告です